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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)715号 判決

原告

須藤次男

右訴訟代理人弁護士

酒井和

堀敏明

被告

小田急建設株式会社

右代表者代表取締役

河井大治郎

有限会社小山田工務店

右代表者代表取締役

小山田強

株式会社松田運輸

右代表者代表取締役

松田信夫

右被告ら訴訟代理人弁護士

上野進

佐々木秀雄

右訴訟復代理人弁護士

小畑祐悌

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金一六四六万四三〇〇円及びこれらに対する昭和五〇年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張(以下事実略)

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実のうち、原告が被告松田運輸の指示により北小金井メンテナンス工事の現場事務所解体現場に赴いて本件事故にあったことは当事者間に争いがない。

二  そこで、まず原告の当時の業務内容について検討する。(人証略)によると、次の事実が認められる。

被告小田急建設は、昭和五〇年一月末、北小金井メンテナンス工事の現場事務所(プレハブ構造二階建建物)を撤去することとし、その解体作業を被告小山田工務店に、右解体後の解体資材とその他の足場関係の残材(主としてパイプ類)の運搬を被告松田運輸にそれぞれ請負わせた。

被告松田運輸は、右解体資材運搬を従業員である訴外沼田及び同黒川に、残材運搬を原告に割当てたが、同社では配車表に業務内容を記載して運転手に周知させる方法をとっており、右沼田、黒川については「北小金井ハウス引上げ」と、原告については「北小金井残材引上げ」とそれぞれ記載した。これによって同社の運転手間では右各業務内容であることが判明しうるものであった。

そして、右解体資材運搬業務は建物の解体後に開始されるものであり、また、残材運搬業務は解体作業とは無関係に遂行されるものであるが、いずれも現場監督(本件では被告小田急建設の従業員)の具体的指示により行われるものであるところ、本件の場合、現場事務所の解体作業開始後間もなく本件事故が発生したものであり、右名業務のいずれについても現場監督の具体的指示はなされていなかった。なお、残材置場は、現場事務所が所在する土地区画の西方約四メートル巾の道路をはさんだ土地区画にあった。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中これに反する部分は措信せず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

三  次に、本件事故の態様を検討する。

請求原因2中、事故発生場所及び原告が被告松田運輸の指示により、同僚の訴外沼田、同黒川と共にトラック三台で現場に赴いたこと、現場事務所の解体作業には被告小山田工務店の従業員が従事していたこと、原告が負傷したことはいずれも当事者間に争いがなく、これら争いのない事実と(書証・人証略)によると次の事実が認められる。

昭和五〇年一月三〇日、被告松田運輸の運転手である原告、訴外沼田、同黒川は、前日の配車表の記載により各自の前記業務内容を知り、トラック三台を連ねて北小金井メンテナンス工事の現場に向かった。そして、午前九時ごろ現場に到着し、現場事務所が所在する土地区画の東方の巾員約六メートルの道路にトラックを駐車した。現場事務所の解体作業は、被告小山田工務店の従業員により既に開始されていたが、開始後間もない状況であり、解体作業の終了までに三時間余り要するものと考えられたため、訴外沼田及び同黒川の二名は現場事務所の北東方に所在する仮事務所に入り、その終了を待っていた。しかるに、原告のみは右二名と行動を共にせず、また、その割当業務である残材運搬のための指示を現場監督に仰ぐこともせず、解体中の現場事務所に向かい、被告小山田工務店の従業員らに無断でその一階部分に入り込んだ。

現場事務所の解体作業は被告小山田工務店の従業員三名によって行われていたが、うち一名は二階部分の床板をはがす作業を行い、二名が屋根にのぼり、屋根板を押さえる部品であるチャンネル(重量約七キログラムの鉄板)のボトルを外し、これを五本位づつの束にしておき、順次屋根の端まで運んだうえ、横向に抱えて西側出入口付近に投げ降ろす作業を行っており、本件事故発生までに既に約三回の投げ降ろしが行われていたものであり、かような作業手順、方法は極めて一般的なものであった。

これらの作業には多大の騒音が伴い、解体作業中であることは外部からみても極めて明白であった。

現場事務所には一階の東西部分に各一カ所、北側階段の上下に各一カ所の出入口があったが(なお、解体作業当時はこれら出入口の戸類は既に撤去されていた)、被告小山田工務店の従業員らは、解体作業の危険性に顧みて外部者の立入りを完全に排除するために、作業開始前に建物の北側部分に高さ約一メートルの三角型のバリケードを二つ立て、さらに、建物の四隅の外側に高さ約八〇センチメートルのポールを四本立て、これにロープを張ってバリケードとした(建物の南側部分は出入口がないことから、ロープは張らなかった)。

原告は、かような状況にある現場事務所の一階部分に入り込んだものであるが、解体中の作業員がおよそ四回目のチャンネル束の投げ降ろしをした瞬間に西側出入口から走り出たため、右チャンネル束が原告の頭部及び右肩部に当たり、原告は頭部外傷、頸椎捻挫、右肩甲骨骨折の傷害を負った。

以上の事実が認められ、これに反する(書証・人証略)いずれも措信せず、他にこれを覆すに足る証拠は存在しない。

(なお、(書証略)によると、原告の労働者災害補償保険の休業補償給付請求書中には、災害の原因及び発生状況として、「小田急建設事務所解体作業中、屋根おさえにつかったチャンネルを五本重ねて下に降す際、下で車に積込もうとしていた運転手の後頭部並びに右肩に当たり負傷した」との記載があることが認められ、(人証略)によると、右記載は被告松田運輸が被告小田急建設と連絡のうえなしたものであることが認められるが、また、(人証略)によると、右各被告らは本件事故の態様は前記認定の事故の態様とほぼ同様であることを認識していたが、事実を記載すると原告に休業補償給付が付与されないと考え、これの適用を受けさせるために、あえて右のような記載をしたことが認められるから、右記載をもって前記認定を左右することはできない)

四  右二、三で認定した事実を総合すると、原告は、自己の業務である残材運搬と全く無関係に現場事務所に立入ったものであり、また、右事務所の解体作業は既に開始され、チャンネルの投げ降ろしが行われており、その作業中であることは極めて明白に認識しうるものであったうえ、建物の周囲にはバリケードが張りめぐらされていたものである。また、(人証略)によると、原告は解体資材運搬の経験もかなりあり、解体作業の手順を知悉し、したがって、チャンネル投げ降ろしに伴う危険も理解していたことが認められる。

原告は、それにもかかわらず、解体作業中の現場事務所に無断で立入り、そこから走り出る際に本件事故にあったものであり、これらから考えると、本件事故の原因は原告自身の行為にあったものといわざるをえず、被告小田急建設、同松田運輸及び同小山田工務店の従業員に本件事故惹起について過失があったものと認めることはできない。

以上のとおりであるから、その余を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(なお、原告が現場事務所に立入った動機について、被告らは廃線回収のためであったと主張し、(人証略)にはこれを窺わせるが如き部分があるが、未だこれを認定するには足らず、本件証拠上からは右動機を認定しえない)

五  よって、本件請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤西芳文)

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